IT技術が与えた「気づき」の数々––若手農家のアプリ活用法に迫る

「これから、農業はおもしろくなる」ーー10年前、25歳の鈴木啓之さんは直感的にそう感じ、地元・愛知県碧南市でニンジン農家「鈴盛農園」を開業しました。スタートは30a(アール)の耕作放棄地。そこからオリジナルブランドのヒットやIoTの活用で、現在では2.5ha(ヘクタール)もの農地を抱えるほどに成長しています。

広大な農地を所有する鈴木さんにとって欠かせない存在になっているのが、作業進捗や作物の様子、農薬の使用などをつぶさに記録できる農業日誌アプリ。作業時にスマホで記録できる簡便性から、「その日の作業に終始せず、効率性や時間管理に時間を割けるようになった」と語ります。

そんな鈴木さんに、IT農業との関わり方、導入に向けてのアドバイスをお聞きしました。

 

“おもしろい農業”を目指して。25歳でのキャリア転換

 

10年前、鈴木さんは自動車関係の会社に勤めていました。農業へ転向するきっかけとなったのが、妻・薫さんとの結婚。「自分でなにか商売したい」と考えるなか、農業に運命を感じたそうです。

 

鈴木啓之さん

 

就農前から、農業がおもしろくなる可能性を感じていたんです。日本の抱える食糧問題を知り、いずれ多くの若者が農業に従事する時代が来ると思いました。そのときに、先駆者として農業を盛り上げていける存在になっていたかったんです。

25歳でのキャリア転換でした。会社を辞め、農業大学校・農業法人でノウハウを学び、3年後に独立。独立後は、直売方式を選択しました。全て鈴木さんが販路・価格を決めています。

「非農家出身」の強みは既成概念がないこと。せっかく新規就農したのだから、しがらみの無いなかで、自分の思い描いた農業をやろうと思ったんです。

 

 

就農したてのころ、形の悪いニンジンを市場に持っていくと10キロで50円だったことがあったんです。それが結構カルチャーショックで。自由に農業をするからには、販売まで担う覚悟が必要だと感じています。

鈴盛農園のオリジナルブランド「スウィートキャロット リリィ」は、鈴木さんのチャレンジ精神から生まれました。畑に塩水を撒く独特の製法で糖度を高め、ニンジン独特の臭みを消すことに成功したのです。

子どもがニンジンを嫌がる最たる理由は「独特の臭み」。甘いニンジンを作れば、進んで食べてもらえると思ったんです。塩水をかける製法は、千葉の塩ネギや熊本の塩トマトから着想を得ました。農地を細かく分け、塩の倍率や水やりの回数を変化させていくなかで、ニンジンでも甘くなる数値を発見したんです。

ブランド名の「リリィ」は、鈴木さんにニンジン作りを教えてくれた祖母・りりさんの名前からとっています。

 

 

少人数でも効率的に。アプリが生み出した「時間」と「意識」

 

鈴盛農園は現在、碧南市内に26カ所・2.5haもの農地を所有しています。鈴木さんが就農時に持っていたのはたった30aほどの耕作放棄地でしたが、農協や市役所から紹介される農地をこまめにチェックすることで、地道に規模を大きくしていったのです。

農地を広げていくために、どんな耕作放棄地でも断らずに借りていきました。市役所がホームページで農地の紹介をおこなう「農地銀行」という制度があるのですが、周囲の農家さんがあまりパソコンを見ないので、土地が出た瞬間に電話して問い合わせをするようにしたんです。最近では、知り合いの農家さんからも農地を紹介してもらえるようになりました。

広大でまばらな農地を、鈴盛農園は7人のスタッフで切り盛りしています。そんななか、管理の大きな助けになっているのが農業日誌アプリ。作業内容・進捗・使用した肥料・種苗・農薬、機材など、メンバーが「どこでどう働いたか」をスマートフォンで記入・確認できるものです。それまで使用していたオリジナルの記入シートを遥かに凌ぐ簡便性でした。

 

 

アプリ導入前は、仕事が終わると1人ずつ1台のパソコンに日誌を記入していましたが、仕事後の疲れもあり、記入ミスも少なくありませんでした。アプリを導入してからは、現場でスマホを開きタップで記入完了です。ミスが減り、大幅な時間短縮につながりました。

IT農業による簡便化でスタッフのストレスが減り、時間が生まれました。その結果、「日々の改善により時間を割くことができた」と、鈴木さんは語ります。

いまでもスマホの日誌だけでなく、手書きの日誌も記入するようにしているんです。そこでは失敗したことや改善すべき点など、数値では測れない質的な改善に役立てています。苗の植え付け方法から作業時に怪我をした時の「応急処置マニュアル」の作成など。農作業だけでなく農場経営の“仕組み化”に時間を割くことができたのが、アプリを入れて一番大きかったです。

アプリの導入は時間を生み出しただけでなく、スタッフの意識にも変化を生み出しました。作業時間を明確な数値で教えてくれることで、「時間的コスト」と向き合うようになったそうです。

30分で終わる作業に50分かかるスタッフがいたとしたら、遅い理由を明確にして改善することができます。感覚でなあなあになっていたものを数字がはっきり教えてくれるので、スタッフのみんなが自然と効率を意識してくれるようになりました。

 

 

僕自身も、いままで無関心だった「移動時間」を意識するようになりました。時間を記録することで、移動時間が馬鹿にならないことが判明したんです。26カ所の畑をどのように回れば効率的なのか、考えるきっかけになりました。

 

1作の失敗をチャンスに変えられるか。これからの農家に必要なのは確固たる「理想」だ

 

新規就農者の先駆として活動する鈴木さんから、これからITの導入を考えている農家へのアドバイスを求めると、こう語りました。

風上から風下まで、ストレスなく自分の「理想の農業」を追求できる農業ITは、既存の農家だけでなく、新規就農者も導入すべきだと思います。農業界全体がITを導入すれば、さらなる盛り上がりが期待できる。導入を考えているものの使い方がわからない人は、ぜひ僕に聞いてください(笑)。

 

 

しかし、IT技術によって得られるデータや時間はあくまで「改善のタネ」。IT技術によって生まれたデータや、余った時間を活用していかないと意味がありません。

他の職種と違い、農業は50年あれば50回改善のチャンスがあります。1作1作の“失敗”を無駄にせず試行錯誤を繰り返せば、目指す理想に近づくことができるのではないでしょうか。

そんな鈴木さんがIT農業に期待すること、それは直接的な効果だけではなく農業全体の未来を見据えたものでした。

農場の見回りや深夜の水やりなど、負担の大きい管理労働が多くあります。もちろん必要な管理なのですが、人力ではなくテクノロジーで代替することができるものです。IT技術により、そんな労働が自動化・効率化されていくことを期待しています。そして、農業のおもしろさに気付き、新規就農者が増えてくれれば嬉しいです。

会社員から新規就農。リスクの大きな鈴木さんのキャリア選択を、IT技術が前進させました。「農業 × IT」の掛け算は、農業のあらゆる障壁を取り除く可能性を持っています。

これから、鈴木さんのように信念を持った「個」として輝く農家が増えていくことでしょう。そうすれば、農業は確実に面白くなっていく。インタビューを通じて、強く実感しました。

 

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