都会の中心に現れた八百屋「Non Standard Farm」 5日間の出店を終えて、見えてきたもの

「お昼休みに新鮮な野菜が買えるなんて嬉しい」「こんな大きなナス、見たことない!」

JR渋谷駅から徒歩6分。オフィスビル『ソラスタ』のテナント入居者専用ラウンジに、ある日突然“八百屋”が現れました。しかも、スーパーと違い、並んでいる野菜の形や大きさはバラバラ。

オフィスで働く人々の驚きの声を聞きながら、規格フリー野菜専門八百屋『Non Standard Farm』(以下、NSF)を運営したのは、私達『できる.agri』。
「ITで農業の“できる!”をもっと。」をコンセプトに、農業界の外から生産者と共に歩んできたコミュニティです。

実は、NSFは8/17~8/22までの5日間限定の取り組みでした。コミュニティに参加している農家から直接仕入れた規格フリー野菜を、渋谷の大規模オフィスで働く人々に販売する。初の試みの裏には、私たちが『できる.agri』として大切にしてきた想いがありました。

なぜ今、私たちがこのような取り組みを始めたのか。
短い期間ながら、たくさんの方が足を運んでくれたNSFについてお伝えします。

Non Standard「規格外」の野菜を渋谷で並べた理由

今回、5日間に渡って渋谷のオフィスビルで野菜を販売したNSF。このような取り組みをしようと考えたのには、『できる.agri』として活動する中で気付いた3つの理由があります。

1つ目は、都会で働く人々と野菜を身近にすること。都会での生活が中心になり、忙しく働く人々にとって野菜は「摂らなきゃいけないけれど、つい後回しになってしまうもの」ではないでしょうか。

厚生労働省が平成30年に発表した調査結果によると、健康的な生活を送るために推奨されている野菜の摂取量、1日あたり350gを男女ともに満たせていないといいます。特に、働き盛りとされる20〜40代の摂取量が特に少なく、暮らしの中で野菜が身近でないことがわかります。

この原因の1つに、「買い物時間の確保が難しいこと」があるのではないか、と私たちは考えました。特にオフィス通勤する人々は、平日にしっかりと買い物をする時間が取れない方が多いように見受けられます。疲れた仕事終わりにスーパーへ行き、野菜を選んで調理する。「できたらいいな」と思いつつ、なかなか毎日できることではありません。

オフィスと同じビル内で新鮮な野菜が買えたなら。しかも、日替わりでオススメの食べ方まで相談できたなら。「今日はちょっと1品つくってみようかな」と思ってもらえるのではないでしょうか。

2つ目は、持続可能な開発目標(以下、SDGs)の世界的な取り組みの1つでもあるフードロス対策です。農業や食にかかわる『できる.agri』としても、フードロスに対してアクションする場を作りたいと考えました。

農林水産省・環境省の「平成29年度推計」によると、日本の食品ロス総量は643万トンにもおよんでいます。国民1人当たり、おにぎり1個分がが毎日廃棄されているのです。

さまざまな課題があるフードロスの中でも、深刻な問題となっているのが「規格外野菜」の廃棄量。「大きさが小さい」「形が変」「表面に傷がついている」。野菜としてはおいしく食べられるのに、このような“規格”から少し外れてしまったがために廃棄される野菜は約200万トンとも言われています。

2019年SDGサミットの安倍総理がスピーチにも述べられていたように、これからはSDGsに積極的に取り組んでいる企業がグローバルスタンダードになっていくと考えられています。NSFで販売した野菜は、“Non Standard”、つまり一般的な規格を外れたものも含んでいます。規格フリーな野菜を売る八百屋があってもいい。購入する人々にそう思ってもらえることが、フードロス対策にもつながると私たちは考えています。

最後の3つ目は、現在も終息が見えない新型コロナウイルス感染症による農業者への影響です。

コロナで生産者が受けた打撃

2020年、何の前触れもなく世界中を襲った新型コロナウイルス感染症。その影響は多方面に渡り、農業界も例外ではありません。

将来の日本の農業を支える若い農業者が中心として活動する『全国農業青年クラブ連絡協議会』(以下、4Hクラブ)が、この春、会員を対象に行った新型コロナウイルス感染症による影響調査。これでわかったのは、緊急事態宣言発令直後から出荷数減となった農業者が全体の60%以上もいたことでした。

大きな原因は、取引先の休業やイベント自粛、直売所や小売店舗との契約が減少したためです。また、外国人実習生の入国規制などによる人手不足や、マスクなど感染予防資材の不足も、20%の農業者の方々が懸念しているという結果も出ています。

また、不安なのは売上減少だけではありません。農業は、機械化は進んでいるものの手作業の部分が多く、リモートでは作業ができない仕事です。農業者本人だけではなく、家族やスタッフも感染リスクを抱えていると言えます。

「作っても売れないかもしれない」という金銭面の不安と、「感染してしまったら」という健康面の不安。調査結果から浮かび上がってきたのは、2つの面で不安を持つ農業者が数多くいることでした。

また、他の業界と同じく、まったく先の見通しが立たないことも不安要素の1つです。取引先の減少で市場が動かず、農業をどうやって続けていけばよいのか、という心配の声が上がっています。

行政への要望として約半数の45%の農業者が「補償・助成金」を求める回答をしており、農業者の目の前の生活がどれほど困窮しているのかがよく分かる結果となりました。

新型コロナウイルス感染症が起きたからと言って、畑や野菜は止まってくれるわけではありません。まずは、目の前の野菜を育て販売し、売上とすることが必要だと私たちは考えました。農業をする人々に寄り添い、ともに進んできた私たちだからこそ、彼らの不安を少しでも和らげ、役に立ちたい。このような思いから、私たちはNSFの出店を決めました。

都会の代名詞、渋谷で売れた野菜たち

実際に、オフィスビルで野菜を販売した5日間。日によって代わる代わる届く野菜を並べ、ビル内で働くお客様と会話をする日々は、私たちにとってもさまざまな気付きがありました。

例えば、出店した8月は夏真っ盛り。暑い日差しを浴びながら出勤してきたお客様に人気だったのは、トマトやきゅうり、なすなどの季節の野菜でした。特に売れ筋だったのは、規格フリーの名にふさわしい、大きななす。1本で一般的ななすの3本分はありそうななすは、並べてはすぐ完売してしまいました。

都会の代名詞とも言える渋谷でも季節の野菜が売れることに、コンクリートが目立つビル街であっても、食材を通して季節を楽しみたい方の存在を実感しました。イベントなどがなかったこの時期に、野菜は一番身近な「季節を感じるもの」だったのかもしれません。

また、スーパーではあまり見かけない品種の野菜(スティックセニョールやコリンキー等)も完売しました。コミュニティで一緒に活動している農家から直送してもらっているNSFだからこそお伝えできる、野菜の特徴や調理法をお伝えできたことも「食べてみようかな」と思っていただけたのだと思います。

開催期間中、3回も来店してくださった方もいました。「新鮮な規格フリー野菜が、オフィスで買える」という、NSFのコンセプトに興味を持ってくださる方も多く、新しい野菜の取り入れ方として評価してもらえたように思います。

現在、都会の生活者と農業者は、まだまだ離れた関係にあります。どうしても都会の暮らしでは生産の過程が見えづらく、どこで、どのように、どんな人たちによって野菜が作られているのかを知る機会が限られています。

今回、NSFの取り組みを通して、都会で働く人々にとって農業や野菜を身近なものにし、野菜が作られる背景に思いを馳せてもらうことができたのではないかと、私たちは考えています。

『Non Standard Farm』は、地球にも人にも優しい八百屋を目指して、これからも都会で暮らす人々とと農家の架け橋となるべく、実践を続けていきます。

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