データの先には10万人の農業経営者。銀座の“国産100%”飲食店を生んだITシステム

東京の中心、銀座三越にある国産食材100%の「みのりカフェ」「みのる食堂」を知っていますか? JA全農が運営する、生産者と生活者を食と農でつなぐ「みのりみのるプロジェクト」の中から生まれた飲食店です。

生産者ひとりひとりの声に寄り添った同プロジェクトですが、実はその誕生の背景にあったのはITの力。全国の農家の声が集約される情報共有ツール「TACシステム」がきっかけになったといいます。一見、すぐには結びつかない「IT」と「産地にこだわった飲食店」。その成り立ちや今後の展開について、JA全農の耕種総合対策部 開発企画室長で、「TAC」と「みのりみのるプロジェクト」を立ち上げた小里司さんにお話を伺いました。

 

事業創出だけではない、ITシステムのメリット

 

―TACは何のことを指すのでしょうか。

日常的に農業経営者を訪問して意見や要望を聴くJA担当者のことを指します。JAとJA全農が設置を進めている仕組みで、キャッチコピーは「T(とことん)A(会って)C(コミュニケーション)」。全国約2000人のTACが年間100万件近い面談情報をTACシステムに入力しています。

―TACが生まれたきっかけを教えてください。

以前から「営農指導員」や「営農経済渉外」という農家の相談役やパイプ役が各JAに設置されていました。しかし、さまざまな要因で機能しなくなったり、定着しなかったりという課題がありました。そこで、私が大型農家の直接相談窓口を務めていたノウハウを活かして、2007年に企画したのがTACです。全国に定着するよう、名称やロゴ、キャッチコピーを統一し、全国共通システムを使った仕組みを作りました。

面談から得られた声は、どのように活用されるのでしょうか。

農業経営者の声は生産現場のマーケティング情報として、TACシステムに記録されます。そこから得られた情報をJA段階、県段階、全国段階の課題に分類し、それぞれが課題解決に取り組んでいます。さらに、既存部署が対応できない要望や意見に応えるのが「みのりみのるプロジェクト」で、飲食店やフリーペーパー(AGRIFUTURE)の発行、「みのりみのるマルシェ」やLeeとコラボしたワークウェアの製作などの事業に取り組んでいます。

 

TACの概要

 

農業経営者の声を集約するのに、ITシステムを活用したメリットは何でしたか。

従来は、自分が担当する農家を何となく把握しているけれど、引き継ぎに漏れがあったり、「あの農家は苦手だから行かない」みたいなことが起こったりしていました。TACシステムでは、自分が担当する「顧客台帳」が明確で、訪問していない農業経営者がシステムで可視化されるため、行かざるを得ない状況になります。

また、部下の報告書を上司が見ていないといったケースもありますよね。上司が部下のことをよく見ていて、注意したり助言・激励するのは非常に大事です。これもTACシステムで可視化することで、当たり前にやらなければいけない状況となりました。

新たな事業創出だけでなく、仕事が円滑に回ることにもつながったということですね。

はい。TACに役立つ情報を提供する「知恵箱」や、全国の農協職員同士に解放されたチャット機能もあって、TACの仲間作りや情報交換に役立っています。

TACを作ったときに、最初は批判の方が多かったんです。肥料を売るわけでもなければ、米を預かるわけでもない、共済を売るわけでもありません。「農家の話を聴いて、対応することは仕事になるの?」という視線があり、肩身が狭い状況でした。

私はどの社会でも、TACのような顧客の話を傾聴する営業こそが本質的なニーズを引き出せると思っています。しかし人間は正しいと思っていても、周りから認められない状況が続くと苦しくなりますよね。全国の仲間とチャットでつながることで、孤独感が少しでも和らげればと……。

 

国産食材100%のお店で、利益率10%を実現

 

みのりカフェ/みのる食堂は、どのように生まれたのでしょうか?

TACシステムの課題を抽出してみると、自給率が低いという声が多くありました。家庭では国産食品を買うけれど、外食では国産以外の食品が多く使われている状況に「JA全農がどうにかしろ」という声が多かったのです。そこで銀座に開業したのが、みのりカフェとみのる食堂です。

国産食材100%の飲食店で利益を上げることで、外食産業に真似してほしい気持ちもありますが、それ以上に“食材の産地を知る”消費者文化を創りたいと思っています。私が違和感を抱いているのは、スーパーでは食品の産地を確認するのに、外食店だと「いちいち聞くなよ」という雰囲気になることです。

そこには「出された食事に文句を言うな」という日本固有の文化があると思っていて、それ自体を否定するつもりはありません。しかし出された食事に文句を言わないことと、食材の産地を確認するのは別の要素ですよね。「みのりみのる店舗」では、店頭に食材の産地を掲載しています。

 

みのる食堂の内観

 

確かに日本では、外食で産地を聞く文化はないように思います。

私たちが産地を示しているのは、消費者への啓発です。食材の産地を公開するルールになれば、国産を使用する飲食店が増えると思うんですよね。ホルモン剤や抗生物質の使用状況についても同様ですが、消費者が自分の権利として開示を求めるべきだと思います。

―2010年に開業後、反応はどうでしたか?

反響は結構ありました。外食産業に携わる方が相談に来るケースも多いです。話を聞いて初めて分かったことですが、外食産業では商品開発担当者が調達担当者より地位が上になりがちです。開発担当に「12月にきゅうりを使う」と言われれば、調達担当は食材を探さなければいけません。日本の農業はこのような外食産業のために、1年中生産できる方向にシフトしてきました。

一般家庭の主婦が同じことを言いますか? そんなことないですよ。レタスがない(高い)時期は、他の野菜を食べますよね。日本人は、そうやって旬の野菜を食べてきました。商品開発担当の人は今何が旬かをあまり意識されていないようなので、旬の食べ物を知ることから始めてほしいと提案しています。

私たちのお店は、季節によって提供する食材を変えています。青森の農家から宅配便で仕入れている季節野菜などは、毎回何が入っているかさえ分かりません(笑)びっくり箱を開けてから、その日のメニューが決まります。飲食店としてはレベルの高いことをしていると思いますが、おかげさまで高い利益率も確立しています。飲食店経営が国産食材100%で成り立つことを証明して、全国の飲食店に真似してもらえれば良いなと思っています。

 

「農家との信頼関係を、システムで復活させたい」

 

プロジェクトの今後は、どのように考えていますか?

カフェと食堂は「地産地消」にシフトしていて、仙台や福岡、京都や新潟、盛岡などに店舗を進出しています。日本の農業=食糧生産は、東京に地方が従属するような構造が長く続いてきました。これを打破するためには食・人・経済の地域循環が重要です。地域の食材を使う、現地に住んでいる人を雇う、運営業務についても業務委託の形で地域の会社に委託するモデル作りに取り組んでいます。

お金さえ払えば全国の美味しいものが食べられるって、東京に住む人の勘違いでしょう。本当に美味しい食材は生産現場にしかないし、それを食べたいなら地方まで足を運んでもらいたい。それを目指して「地産地消型飲食」+アルファに挑戦しています。

他にも、JR西日本とは、「JR大阪駅みのりみのるマルシェ」を共催しています。生産者の思いを伝えるだけでなく、行政と連携したIターン・Uターンブース、農業ツアー体験などを企画しているのが特徴です。ABC Cooking Studioと連携して、地産地消の推進や婚活ツアーなども企画運営しています。

―最後に、TACにかける思いを聞かせてください。

私の実家は農林業をやっているので、小さいころから農協の担当者の仕事ぶりを目にしていました。朝の5時に電話をしても来てくれる方で、深い信頼関係でつながっているような気がしました。しかし、それが深い信頼関係でつながっていたものが農協の合併とともに徐々に仕組み化されてしまい、「信頼されているから頑張ろう」「担当している農家に喜んでもらいたい」といった人間の本質的な部分と「業務」が分離されていったように思います。

この信頼関係を“システムで復活させたい”と思い、TACを企画しました。TACが普遍的に普及して、農家の方々の信頼を得られる仕組みになってほしいという気持ちが、開発当初はもちろん、今も沸々と湧いてきます。

今は2000人近くのTACがいて、その先に10万人の農家がいます。企画した以上、2000人の人生の一部を背負わなければいけないと思っています。TACという仕組みがなければ、農協の中で違う仕事をしていたはずですから。私は現在、みのりみのるプロジェクトを企画・運営していますが、2000人のTACが「誇れる仕事をしている」「地元の農業・農家に役立っている」と感じてもらえるよう、必要とされることなら何でもやりたいと思っています。

 

みのりみのるプロジェクトのリーダーを務めている小里司さん

その他の記事

お問い合わせ