元信金マンが「ねぎ名人」と呼ばれるまでーITで農業の経営も効率化できる

「農業を継ぐことは、あまり考えていなかった」 40年以上ねぎの単一栽培を続ける伊万里グリーンファーム社長の前田清浩さんは、就農当時の様子を微笑みながら振り返ります。

10年間勤めた信用金庫を辞めて父の後を継いだ前田さん。農業に対する基礎知識がなかったことをポジティブにとらえ、これまでの固定観念に縛られず様々な経営改善に取り組みました。

例えば、単純な作業の効率化だけでなく、モニタリングシステムの導入といったIT農業や、規格外で市場に出荷できないねぎを活用した6次産業化を推進したといいます。

こうした取り組みの成果が実り、生産規模や売上は大幅に拡大。1997年に佐賀県が選定する「さが農業逸品づくり名人」、2017年12月には佐賀農業賞で最優秀賞・農林水産大臣賞に選ばれました。そんな前田さんに、IT農業や6次産業化の取り組みについて話を伺いました。

 

経営改善に取り組んだのは、休みを作るため

 

―10年間勤めた信用金庫を辞めて、農家を継いだのは何がきっかけだったのでしょうか。

信用金庫で働いているときに、父が体調を崩して手術をすることになったんですよ。私は2人兄弟の長男で、弟は横浜に就職していたので農地を守らなければいけないなと。勤めながら就農することも考えたのですが、兼業は規模的に難しいと思ったので辞めることを決意しましたね。

―農業に対して抵抗感や不安はありませんでしたか。

基本的にプラス思考なので、信用金庫で働いていた同期よりも所得を上げて、成功してやろうと思っていました(笑)。当時は現在の5分の1程度の規模でしたが、従業員を数名雇用している中で、経営自体も厳しい状況ではなかったので。

―就農してから気持ちの変化はありましたか?

父親のときは、日曜日も関係なく働いていたんです。そのため、これまで必要としていた作業を効率化して、休みを増やさなければいけないと思ったことを覚えています。

―効率化に向けては、具体的に何をしたのでしょうか。

従来は、ハウスの中にトラクターが入らないので、手で収穫したねぎをコンテナに入れて、一輪車で外にあるトラックまで運んでいました。土おこしのときも耕運機を手で押していたんです。これだと時間がかかりますし、肉体的にもしんどいですよね。

そこでシンプルな解決策ですが、ハウスの中にトラクターを入れて作業をするようにしたんです。今まで約1日かかっていた作業時間が、2~3時間で終わるようになりました。

―トラクターをハウスの中で使用するのは一般的ではないのでしょうか。

ハウス自体を大型にしなければいけないのもあり、実践している農家は少ないと思いますね。トラクターを入れることで、土が踏み固められ、生育状況が悪くなると言われているらしいです。

実際に試してみたところ、収量も品質もそれほど変わらなかったんです。じゃあ楽をした方がいいなと(笑)。これにより作業効率が大幅に上がったので、規模拡大に向けて舵を切りました。

 

ハウス内の様子

 

誰が栽培しても同じねぎができるようにIT農業を

 

―規模拡大に向けた取り組みとしては、具体的に何がありますか?

土壌水分や温度、湿度などのデータを収集するモニタリングシステムを導入しました。収集したデータを基に、事務所のパソコンから遠隔操作で水の量を調整したり、設定した水分量になったときに自動で水をやることが可能となっています。当時は1998年だったので農家向けのシステムがなく、工場で導入しているものを応用して作ってもらいました。

―なぜモニタリングシステムだったのでしょうか。

農業は、栽培する人の経験や勘によって大きく左右されます。栽培のノウハウを父から習っていたときも、言っていることが毎回違うんですよね(笑)。そうなると経験を積むことでしか父を超えられないですし、新しいスタッフに教えるときにも多くの年数がかかります。

でもデータを収集してマニュアル化や自動化を進めることで、誰が栽培したとしても同じねぎを栽培できるようになれば、安定した生産が可能になると考えました。

―導入したことで収量が上がるなどの効果はありましたか?

水をかけたほうが良いなと思ったときに、水分量を見てみると土の中にはまだ水分が結構あったりして。かん水の量やタイミングという観点では、失敗が少なくなりましたね。

―逆に苦労したことはありますか。

ねぎの場合、生育ステージと季節によって、かん水の量が違うので管理が複雑です。例えば、夏は2か月で収穫まで行うのですが、冬は3か月以上かかったり。当時はセンサーの感度が良くなかったこともあり、自動化には膨大なデータが必要ということが分かりました。

―今もマニュアル化・自動化には至っていないということですか?

データ収集は数年行っていたのですが、実は雷でモニタリングシステムが壊れてしまい…。復旧には、100万円以上のお金がかかると言われたんです、当時はねぎの販売価格が低迷していたこともあり、システムを復旧させずに経営を安定させることを優先しました。

しかし、今でも薬剤散布や収穫日などのデータ管理は続けており、ある程度収穫量をコントロールできるようになったので、少しずつ栽培の安定化を進めてこられましたね。

 

伊万里グリーンファームのブランド「伊万里ねぎ」は、肥料に頼らず良質な原料の堆肥を使用し、野菜にやさしいと言われている磁気水を使用している

 

規格外のねぎを活用し、6次産業化にアクセルを踏む

 

―販売価格が低迷したというのは、どのような理由があったのでしょうか。

2000年ごろから、競合のねぎ農家が増えたのが要因です。そのため生産量が増える時期に低価格となり、赤字出荷を抑えるため品質が良くても圃場廃棄を余儀なくされる時期が続きました。少しの曲がりや根切れでも出荷できなくなったため、廃棄ロスも多かったんです。

―そこから、どのように乗り越えたのでしょうか?

曲がったねぎでも品質は良いので、どうにかして廃棄せずに販売できないかと考えました。そのときに、当時のバイヤーから「これからカット野菜が売れる」と言われたんです。試しに事務所の流し台でカットしたねぎをスーパーで販売してみたところ、好評だったんです。

―カットねぎ以外にも多くの加工品を販売されています。

カットねぎは、2006年に専用の機械を設置して量産するなど需要は拡大したのですが、長期保存ができないという課題がありました。そこで冷凍ねぎや乾燥ねぎを試したのですが、製造や市場性の問題で上手くいかず…。試行錯誤の結果、今では「香ねぎ(乾燥ねぎ)」「香ねぎスープ」「香ねぎドレッシング」などの加工品を展開しています。2013年には香ねぎが関東地区の生協、2015年には全日本空輸(ANA)の機内食にも採用されました。

―売り上げの推移でいうと、どのくらい変わりましたか?

1991年の売り上げは約7000万円だったのですが、2017年は約1億5000万円と規模を拡大することができました。そのうち、カットねぎと加工品で全体の8割以上を占めています。

―すごい…。加工品で成果が出始めたのは、何かきっかけがあったのでしょうか。

2010年に伊万里商工会議所と香ねぎスープを開発したころから、東京の展示会に出店するようになったんですね。そこで色んなバイヤーさんの目にとまったのが大きかったです。

あとは佐賀県の流通課(現、流通・通商課)の方々が、農家の支援を行ってくれました。県の職員が全国各地で当社の営業担当に変わって商談をしてくれたり、展示会のブースに安く出店させてくれたのが非常に大きかったです。

―良い仕組みですね。

出会ったバイヤーさんには、パッケージのデザインについて意見をもらって、少しずつ改善を進められるなど、良い循環もできました。作っただけでは、良い物でも売れないですよね。いかに目にとまるような工夫をできるかが大切だと思っています。そのような意味では、今後は展示会だけでなく、インターネット販売にも力をいれていきたいです。

 

規格外のねぎを活用した6次産業化を積極的に進めている

 

次は「次世代への継承」を見据えた農業経営を

 

―インターネット販売にも力を入れていくという話がありましたが、今後IT×農業という文脈で注力していきたいことはありますか?

今は販路拡大でねぎ原料が不足しているため、増産体制の構築や仕入先(生産者)の拡大を優先していますが、今後を見据えて自社のWebサイトや楽天でのインターネット販売に力を入れ始めました。私はよく分からないので(笑)、長女と長男が頑張ってくれています。

―生産現場での導入も考えられていたりしますか。

中断しているデータ収集や自動化を進めたいと思っていますし、長期的にはドローンによる薬剤配布にも挑戦できたらなと。経営を効率化していくためには、IT農業を取り入れることが必要だと考えているので、新しい取り組みをどんどん試していきたいです。

―ありがとうございます。最後に、農業を通して実現したいことを教えてください。

2017年には衛生管理を徹底したHACCP*)に準拠した加工工場を建設するなど、目標としてきた「安定した農業経営」に向けて、6次産業化を進めてこれました。

この目標は達成しつつあるので、次は「時代の変化に対応しながら継続できる農業経営」を目標に、次世代への継承を見据えた農業経営が実現できればと思っています。

*)HACCP:食品の製造・出荷の工程で、どの段階で微生物や異物混入が起きやすいかという危害をあらかじめ予測・分析して、被害を未然に防ぐ方法のことを差します。「Hazard(危害)」「Analysis(分析)」「Critical(重要)」「Control(管理)」「Point(点)」という言葉の略語で、日本語では「危害分析重要管理点」と訳されます。

 


 

好奇心が強く、難しいことがあっても「実現するためには何をしたらいいか」を考えてきたという前田さん。その顔は常に前を向いており、関わる人々を勇気づけてきました。次世代への継承を見据えた農業経営では、どのような未来を見せてくれるのでしょうか。

 

 

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