自分が一歩踏み出せる「データ」をそろえることが重要―大企業を辞め、Uターンで農業を始めた男性が語る“IT活用”の魅力

高知県の東部に位置する安芸(あき)市。そこに大手外資系IT企業の日本アイ・ビー・エムのプロジェクト管理という異色の経歴から、Uターンしたピーマン農家の男性がいます。株式会社「はぐみ農園」で社長を務める西内直彦さんです。

西内さんが始めた農業は、環境制御装置の導入をはじめとした”挑戦”に貪欲なIT農業。収量・規模拡大につなげた過程や、IT農業を実践するうえで大事な考え方を伺いました。

 

環境制御装置で収量を60%向上

 

―たくさんの設備がありますね。最初に環境制御装置を導入したのはいつごろでしたか?

初めて建てたハウスに、細霧(さいむ)冷房を入れたのが最初でしたが、あまり効果がなかったのが正直なところです。そこで数年後に、石油ファンヒーターをハウスの中に設置して、二酸化炭素の濃度を調整するという試みを始めてみました。

―独自でつくったんですね。

でもハウスの中って湿度が高いので、石油ファンヒーターを設置するとすぐ壊れるんですよ(笑)。ちょうどヒートポンプなども入れ始めた時期だったので、ボイラーと組み合わせて制御することで、もう少しゆるやかな温度変化にも挑戦していたりしましたね。

―そこからどう変わっていったのでしょうか。

4年ほど前に環境制御システムを導入してから、急激に変わりました。時系列のグラフで各種データを見ることができるので、「二酸化炭素が足りない」「湿度が足りない」といった状況が分かるようになったからです。今では全てのハウスに二酸化炭素の濃度調整を導入していますし、借りているハウス以外だと「ミスト」も導入しています。

―さまざまな設備を導入する中で、工夫されてきたことはありますか。

例えば、二酸化炭素は灯油を燃やして入れているのですが、その熱を蓄積して夜間暖房としても活用しています。これにより、今までボイラーが2つ必要だったのが、1つで済むようになりました。電気代を下げる工夫なども取り入れていますね。

 

はぐみ農園に導入している環境制御装置の一例

 

―これまでに最も手応えがあった経験を教えてください。

ミストと二酸化炭素の濃度調整には、かなり手応えがあります。ミストの場合は、収量の増加というよりも、病気や夏の暑さで花が落ちるのを防ぐのに有効でした。

収穫量で考えると、二酸化炭素の濃度調整が一番効果が出ています。とは言っても、効果が出たのは2作目からかな。1作目はとりあえず設備を導入してみたけれど、何か変わっているのが分かりつつ、それほど収量の向上にはつながらなかったんですよ。2作目から色んな調整をしながら栽培してみたら、増収につながっていきました。

―ちなみに収量はどのくらい上がったのですか?

60%くらい上がりましたね。最初が下手だったというのもあるんですけど(笑)。

 

データだけでなく、複合的な要素を探ることが重要

 

―西内さんの実家はもともと農家だったんですか?

実家はここ(高知)でしたが、両親は獣医をしていましたよ。

―え! そうだったんですね。なぜ農家になったのでしょうか。

実家に戻ってきて何をしようかなと考えていたら、古いハウスがあったので、片付けて何かを植えてみようと思ったのが始まりです。当時は高糖度トマトが流行っていたので、その栽培から始めてみました。促成栽培のハウスを持っていなかったので、春に植えて、夏に収穫する形です。でも、高知の夏トマトは設備が整っていないと難しいですね。

最初は糖度も良い数字が出ていたんですけど、夏になると、どんどん枯れてしまう。枯れないように水を与えたら、味がのらないという状況になって……。たまたま隣の農家さんがピーマンを栽培していたので、作り方を教えてもらい、トマトがうまくいかなかったときのために、両方栽培し始めました。結果的に今はピーマンのみになっています。

―新しい作物に挑戦することも考えていますか?

品目は将来的に増やしたいですけど、次やるとしたらナスかトマトかな。高知はナスの産地なので、ナスは「作れるようにならないといけない」という思いがありますね。

 

はぐみ農園で栽培しているピーマン

 

―前職でプロジェクト管理をされていた経験もあると思いますが、設備の並び方なんかを見ていても、西内さんが全体を設計することに慣れているように思います。

ハウスを建てる前から、ハウスを頭の中に空間で設置して、どこをどうやるかを設計しているので、できたらイメージ通りという感じですかね。失敗もしますけど(笑)。

―自身の中で、まずイメージを持って取り組むことが重要なんですね。

そうですね。最初にイメージを持てなければ、新しいことには挑戦できませんよ。

ただ見えないリスクもあって、データ通りに栽培してもダメな場合もあります。pHを調整したのに鉄欠乏症になったり、治ったら今度は苦土(マグネシウム)欠乏症になったり根域にカルシウムが耐量にあったら、拮抗作用が起こって養分を吸収しづらいとか。

自分が「これが原因」と思っていても、他の農家さんに聞いてみると、違う解決の仕方もあったりして。「苦土欠の出方」というような説明文を読んでも、解決の仕方は分かりませんよね。複合的な要素を組み合わせて、原因を探らなければいけません。

―データだけでなく、周囲の事例や意見も組み合わせて考えるということですね。

カメラを設置したことも、非常に役立ちました。時系列のデータと、時系列の画像ともにあるので、温度変化があったときに、葉がどう動いたかが見えるんですよね。病害が発生した原因究明は、5分おきに撮影している画像を動画のように再生しながら、データとともに分析します。また、環境制御に関する勉強会を仲間とともに行っています。昔ながらのやり方も勉強しつつ、データの共有と分析を行うことで、生産性をあげていきたいです。

 

若い人が農業に挑戦できる環境づくりを

 

―今は何人くらいのスタッフでやられているんですか。

社員が3人と、パートさんが6人。時期によっては、ヘルプで来てくれる方もいます。

―スタッフの方々にも、データの見方や設備の扱い方を教えていますか?

徐々にですね。ただ法人化したのが、2017年8月なので。そこからやっと社員教育を始めたんですよ。研修に行かせたり、農業に関する説明をしたりしているのですが、設備を操作などはこれからです。まだ葉面散布のやり方も教えている最中です。

―法人化に踏み切ったきっかけを教えてください。

個人だと、従業員を雇用保険にすら入れてあげられないんですよ、制度上はあるんですけど。社会保障ですよね、特に労働系の保険に入れてあげたいという思いがありまして。人件費は大きく上がるんですけど、その分「将来の可能性」が増えた気がしています。

 

はぐみ農園は、2017年8月に法人化した

 

―将来の可能性とは、例えばどんなことがありますか?

規模を拡大するときに全部自分でやろうとすると、なかなか次の一歩を踏み出せません。法人化して、人材を雇用することで「このハウスは任せて、自分は新しいハウスに集中する」というようなことができれば、規模拡大に向けた計画が立てられますよね。

―農家さんの中には、雇用という選択肢が現実的に難しいという方も多いと思います。西内さんの場合、それを可能にしているのはなんでしょうか。

できない人たちは、自分がやっていたことを他の人にやってもらうイメージなんです。今までの自分の取り分が、他の人に渡るわけですよ。なので、あんまり任せられない。

私たちは、自分が生活できる面積が既にあって、残りは従業員を雇っていくために規模を拡大しているようなものなので。次の年にハウスを建てる準備として、人を雇っている感じです。実際、今の規模で現在の従業員数は多いのですが、採用すること自体を先行投資として考えています。人件費は必要経費です。成長のためには、絶対必要だと思っています。

―設備の話もそうですが、先を見据えて、そこから逆算して投資されていますよね。

最初は、収量を増やす投資しかしなかったんです。二酸化炭素の濃度調整やミストの導入はしたけれども、コストダウンに向けた投資はずっとしていなくて。最近になって、自分の見れる範囲も広がってきたので、コストダウンに向けた投資も始めました。

このように優先順位をつけながら仕事をするのも、重要だと感じましたね。先に楽な方向へ投資してしまうと、売り上げが増えないのに、自分がやっていた仕事を機械に任せることになる。そうすると、収入は機械にかかった金額分減ることになりますよね。

売り上げを増やすとか、利益を上げる方向で投資して、そこからコスト削減をやっていくと、先が見えてきます。キャッシュフローで見ても、投資可能な仕組みができるかなと。

―そのときにデータを基にすると、計算が立つということですか。

はい。間違っていても大丈夫なんです。大体のめどが合っていればいいですし。要するに自分が踏ん切りをつけて、「よしやるぞ」と思えるだけのデータがそろえばいいので。自分が一歩踏み出せるだけのデータをそろえる、ということですね。

―足元だけではなく、その先を見ているのが良いな思いますし、他の農家の方々にもぜひ伝えたいポイントだと思いました。今後の展開については、何か考えられていますか。

安芸市の人口は、2010~2015年の5年間で人口が約10%も減っているんですよ(国勢調査より)。だから若い人たちが帰ってきたいと思ったときに、農業ができるような環境を作りたい。農業関連でいうと、排水などのインフラを整備する人も高齢化が進んでいるので、そういった仕事も私たちの会社で取り組んでいけるようにしたいです。

また社員教育についても、農協や市だけに任せるのではなく会社として研修用設備を整えたり、社員や海外から来た労働者の方が住めるような寮も作ったりできたらと。「人」が大事ですし、いかに関わってくれる人が頑張れる環境を整えることが大切だと思っています。


 

多くの試行錯誤を繰り返しながら、IT農業で収量・規模拡大につなげてきた西内さん。大手外資系IT企業でのプロジェクト管理の経験を活かしながら、数年後の未来を見据えて経営を進めるその背中には、これまでにない新しい農家の可能性を感じました。

 

 

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