すべては“農家”として生き残るため。妥協しないやりとりから生まれたITツール

農業は戦後から「プロダクトアウト型」のビジネスモデルで成長を遂げてきました。農家が作った作物を、売りたい卸売業者が買い取る“セリ”のスタイル。こだわりを持って育てれば、買い手が見つかると信じて疑いませんでした。そんな農業を、他の産業に比べて孤立した世界に見える人も多いのではないでしょうか。

しかし、これからの農業は他の産業との関わりなしでは成ないのかもしれません。海外では多くの企業が「マーケットイン型」のビジネスモデルを採用し、市場に合った作物を作るスタイルに変化することで、農業大国化の一助を担っていきました。企業・ITとの関わりを経て、農業は加速度的に成長していくのです。

今回紹介するのは、「農家と企業との連携」の先進事例となるお話。神奈川県横須賀市でシロキクラゲを栽培する「げんき農場」は、IT企業とコミュニケーションをとるなかで、空調設備「アグリクラスター」を開発しています。キクラゲに必要な空調整備を整えるため、企業とのやりとりには「妥協をゆるさない」とのこと。

農家のリアルな声をプロダクトに落とし込む。先進事例の1つとして、げんき農場の内藤義和さん、岩沢一成さんと、株式会社アグリクラスターの 福宮健司さんにお話を伺いました。

アイキャッチ写真右から、岩沢一成さん、内藤義和さん 福宮健司さん

“農家”としての生き残りをかけて

 

 

土建業の社長を勤めていた内藤さんの本格的な就農のきっかけになったのは、古くからの知り合いだった岩沢一成さんのご子息からのSOS。「1600坪もの土地が耕作放棄地になってしまう」と相談を受けたそう。当時、家庭菜園を営んでいたものの、内藤さんの農業知識は「趣味レベル」。突然の話に困惑したものの、土地活用の興味から依頼を受けます。

内藤義和さん(以下、内藤):岩沢さんはひとりで水耕農業を営んでいましたが、息子さんが農業を継ぐことができなくなり、農地をどうするか困っていました。三浦半島は競争が激しく、購買までを一元管理できる大規模農家でなければ戦うことができない状況。それでも、土地活用の方法はあるはずだと思いました。

岩沢一成さん(以下、岩沢):ずっと一人で農業を営んできましたが、やはり経済的な問題から、息子が継ぐのは難しいということになって…。それで、息子と一緒に、土地をどうするか、内藤さんに相談したのです。

競争が激しく、生き残りへのコストが大きい水耕栽培。なんとか生き残る方法がないかと模索する日々が続きました。

内藤:水耕栽培にはじまり、しいたけ、さつまいも…。さまざまな作物を試験的に栽培しました。知人が農業を営んでいたときから持っていた“完全無農薬”というこだわりも守りつつ、効率よく育てられる作物を模索する毎日でした。

そんな試行錯誤を繰り返すなかで、ようやく見つけたのがシロキクラゲ。多段式で効率よく栽培でき、初期投資の少なさに可能性を感じたそうです。

 

 

内藤:初期投資が少ないこともありましたが、何より小さな面積で大量に生産できるのが魅力でした。お金や技術がないが、品質にはこだわりたい。わがままな小農家が大農家に「品質」で勝負するには、シロキクラゲしかないと確信しました。

 

メーカーとの譲らぬやりとりの末生まれた「アグリクラスター」

 

シロキクラゲにしよう。腹の決まった内藤さんでしたが、参入には障壁が数多く残っていました。日本国内の工場を見学するなかで、特に重要だと感じたのは空調設備の整備が絶対条件だと感じたそう。

 

 

内藤:キクラゲに必要なのは、24度前後の温度と湿度の維持。そして、風を起こさないことが肝要でした。風がキクラゲに当たることで形にムラができてしまうと、品質が落ちてしまうのです。しかし、カタログを開いても「空気の流れがない空調設備」は見つからない。メーカーに直接声をかけることも試みましたが、多くのメーカーは「できません」と手を引いていきました。空調設備がなければキクラゲ栽培が始まらない。頭を悩ませる日々が続きましたね。

そんななか出会ったのが株式会社アグリクラスター。同社の提案した「きのこ類高度化生産支援システム」は、井戸水を活用した燃費のよい地中熱暖房機器や、ネットワークカメラ、温度センサーなどを取り入れたもの。風の流れがなく温度を調整できることから、内藤さんも納得できる製品でした。アグリクラスター代表の福宮健司さんは、以下のように語ります。

福宮健司さん(以下、福宮):アグリクラスターではハウス内だけでなく、住宅の空調設備も開発しているメーカー。多様なクライアントと接するなかで、老人ホームや病院から、「風を感じない空調」を依頼されることが多かったんです。熱の伝え方を工夫したり、感じない程度の強さで風を流したり…。研究・開発を重ねるなかで、風の流れを起こさないためのノウハウを持っていたのです。

 

 

また、ハウス内の様子・データはスマートフォンからいつでも確認できる。温度や湿度に変化が見られたら、すぐさま対応できるのが強みだ。

内藤:まだまだ課題はありますが、大きな一歩を踏み出すことができたと実感しています。アグリクラスターが進化することで私たちは品質を上げることができ、企業はノウハウを蓄積することができる。双方にとってメリットのある仕事ができていると感じています。

老若男女に愛される食品を目指して

 

ハウス内の環境向上・キクラゲの品質向上を狙う一方で、内藤さんにはもう1つの目標があります。それは、シロキクラゲの知名度向上。栄養価の高いシロキクラゲを、多くの人びとに食べてもらいたいと語ります。

内藤:キクラゲの主な受注先は中華料理屋さん。現在、食卓につながる販路をあまり開拓できていない状況です。これから、キクラゲの栄養価の高さを多くの人に知ってもらい、食べてもらえる機会を創出していきたいと思っています。

文部科学省の発表する日本食品標準成分表(通称:七訂)によると、カルシウムの吸収を促進する「ビタミンD」が最も多く含まれる食材の1つとしてキクラゲが紹介されています。内藤さんは「成長期に欠かせない栄養素として、子どもに多く食べてもらいたい」と、これからの展望を語ってくれました。

内藤:キクラゲを育て始めてから1年。毎朝10gずつ乾燥キクラゲを食べる習慣がついたのですが、長年の悩みだった膝の痛みが消えました。キクラゲは、骨粗鬆症の予防や成長期の大きな助けになってくれる。現在、地元の私立大学や地銀を通して、キクラゲの販路を広げる活動をしています。多くのお年寄りや子供に愛される食材として、存在感を発揮していきたいですね。商品開発も自身で行ないました。キクラゲの成分を日々摂取することができる、きくらげ入り青汁です。

 

内藤さんが開発を行なった、きくらげ入り青汁

 

土建会社の社長の内藤さんが、土地活用の興味から始めた農業。インタビューを通して、いまとなっては生きがいになっていることを感じました。効率化・時間短縮は「楽をしている」として批判されがちですが、「楽しめる」ことは就農するうえで何より大事な要素。自分にあった効率の良い農業を模索するのも、これからの農業のあり方の1つなのかもしれません。

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