女性の働きやすさを追求したら「稼げる農業」になった―IT×女性視点で農業はもっと進化する

高台で、水害の影響もない水戸は、農業にとって理想の地だった――。そう語るのは、株式会社ドロップ代表取締役の三浦綾佳さん。広島県出身の彼女が、販売業と夫婦で経営する広告代理店というキャリアを経て、次に選んだのは「トマトの栽培」でした。

「ビジネスとしての農業」を冷静に見つめる三浦さんが実践するのは、フィルムに苗を植える農法やITシステム導入による安定供給、これまでのキャリアを生かしたスキルによるトマトのブランド化です。消費者目線を徹底する具体的なノウハウや考え方を伺ってきました。

 

「女性の働きかた」を追求してたどりついたトマト栽培

 

―三浦さんはどのようなきっかけで農業を始めたのでしょうか。

長く販売業に携わる中で、自分で生産したものを販売することが一番楽しそうだなと思っていたんですよね。さらに妊娠したタイミングで、キャリアアップも子育ても諦めない働き方って何だろうと模索している中で、農業という答えにたどり着きました。

対人の仕事だと、クライアントがあってのことなので、相手の都合が良いときだけに電話がかかってきたり、締め切りに間に合わせたりしなければいけません。農業は対人の時間よりも対植物の時間が長いじゃないですか。だから柔軟なシフトの組み方や、残業ゼロみたいな、仕事と子育てを両立できる働き方が実現できると、素人感覚で思いました。

―栽培する作物にトマトを選んだ理由は何かありますか?

今言ったように、正直農業がやりたいとか、作物を作るのが好きという理由で始めたわけではないんですよ(笑)。だから農業分野でも、従業員が一般企業と変わらない働き方ができる会社を作ろうと思って作物を選んだら、トマトがあったというイメージです。

例えば小松菜だったら、ゆでてポン酢にかけないと味が分からないかもしれない。でもトマトは買ったらすぐに食べられますし、食べた瞬間に味も分かります。良い作物を作ることが付加価値の高い、高収益な商品づくりにつながるだろうと考えました。

―栽培方法の特徴について教えてください。

医療用の技術を農業に転換したフィルムに苗を植える農法を採用しています。バクテリアやウイルスは通さず、水と養分だけを通す無数のナノサイズの穴が開いているフィルムを使うことで、使う農薬も最小限で、安全な作物を栽培することが可能となっています。

―他にメリットはありますか?

栽培環境を見える化できるのも大きな要素だと思っています。フィルムをめくれば、トマトの根を見ることができるんです。人間でいうと内臓が見えることと一緒ですよね。葉の色が変だったり、伸びが悪かったりしても、すぐに原因を探ることができます。これにより品質のばらつきが少なく、甘みが高いトマトを栽培することが可能になりました。

 

ドロップファームの美容トマト®︎

 

―その他に工夫されている点はありますか。

ハウス内の環境を見える化するITサービスを導入しています。センサーを通してCO2濃度を計測したり、暖房の異常を検知したり。15分ごとにスマートフォンへデータを送るようにしているので、そのデータを基に栽培に関する判断を行っています。

人の感覚だと、農業は10年以上の経験が必要とよく言われますよね。だからセンサーから得られたデータを根拠として、人が判断するような流れを増やしたいと思っています。

 

自分の手でお客様に届けることが、儲かる農業につながる

 

―三浦さんは販売業、広告代理店の経営という農業と関係のないキャリアを経て、ドロップファームを立ち上げています。これから農業を始める方へのアドバイスはありますか?

重要なのは、売り先と販売単価だと思いますね。私たちが導入した農法におけるポイントは、設備投資が必要なことです。農業の形は色々とあるので、お金をかけない農業を選択する農家もいると思いますが、ビジネスとして挑戦するならば、ある程度の設備投資をして、安定供給ができる状況を作らないと、取引先も決まらないというのが私達の考えでした。

その設備投資にかかった費用に対して、キロ単価いくらで売れば元を取れるのか。売れる場所はどこなのか、売れるブランドをどう作るかも一緒に考えなければいけません。

―三浦さんは売れる場所、売れるブランドを作るためにどんなことを行いましたか。

売り先に合わせたパッケージを作ってデザイン面でも付加価値をつけることは、単価向上につながりましたね。私たちは、同じトマトでも10パターンほどの商品があるんですよ。

百貨店の場合だと、インスタ映え(写真共有サービス「Instagram」に写真をアップロードしたときに、見栄えが良いという意味で使われる言葉)というか、買った人が自慢したくなるようなパッケージ作りを意識しました。それに対してスーパーの場合は、裏返して腐ってないか、割れてないかを見るとか、実際に食べるときのことを強く意識している方が多いので、馴染みやすいパッケージで展開していますね。

 

デザイン面での工夫は欠かさない

 

―マーケティングやブランディングの仕方を工夫するのは大事ですね。

ドロップファームの場合、農業の経験はなかったものの、マーケティングやブランディング、販売力に強みを持っています。だから良いトマトさえ作れれば、高い値段で売れるシステムができているんです。

―これらの強みは、広告代理店での経験から学びましたか?

そうですね。後は、女性は買い物することが多く、もともと消費者目線が鋭いと思っています。つまり、日常的にマーケティングに触れているんですよ。ドロップファームは今のところ従業員が全員女性なので、消費者目線が社内にあったのも大きな強みかなと。

―マーケティングと聞くと特別なスキルのように感じますが、多くの女性にとっては普段から実践していることなんですね。しかし、マーケティングやブランディングを含めて販売するところまでを実践できている農家は少ないのではないでしょうか。

これまでの農家は生産まで行っていればよくて、販売は委託することが多かったですよね。マーケティングやブランディングを含めた販売まで、ワンストップ型で挑戦するのは難しいと考える方もいますが、自分が作ったものを、自分の手でお客様に届ける努力をすることが、結果的に稼げる農業につながっていくと思っています。

―その他に行っている工夫はありますか?

百貨店やスーパーの店頭では、スタッフが直接説明するようにしています。どこかの業者に委託せず、直接「私たちが生産しているトマトだ」ということを伝えて、反応が得られることはスタッフのやりがいにつながりますよ。お客様にとっても生産者の顔を間近に見られるわけですから、安心感や信頼関係の構築につながっていくと思っています。

―そこまで徹底できるのはスゴイですね……。

現場でしか見えないことは多くあって。例えばドロップファームのトマトは、1パック(145g)を580円で売られています。私たちは1日に200パックとかのトマトを詰めていても、そんなのお客様には関係なくて。お客様にとっては大事な1パックじゃないですか。

その中の1粒に傷や汚れがついていたら、不快だと思うんですよね。そこまで気を配るというプレッシャーはありますけど、責任を持って栽培や品質管理をするようにしています。

 

フルーツトマトジュースなどの加工品も展開している

 

今後のビジネスの広がりにはワクワクしかない

 

―農林水産省の「農業女子プロジェクト」にも参加されていると伺いました。

はい。就農当初は、農業女子プロジェクトに参加したことをきっかけに、バイヤーさんと知り合ったり、同じ女性農家の方々と知り合ったりすることができました。今では異業種からの新規就農に関して、学生向けに講演もさせてもらっています。

―参加するきっかけは何でしたか?

就農当初は、主人と2人で農場を管理していたんですよね。対植物の時間が長くなるとは思っていたのですが、ほぼ100%になってしまったわけです(笑)。それまで対人の仕事をしていたので、コミュニケーション不足に陥ったんですよ。何をやっているんだろう、と不安な気持ちになって。新しいつながりを求める意味で、参加を決めましたね。

―農家さん同士の地域を超えたつながりって、自分で動かなければなさそうですもんね…。

そうなんですよ。全国の農業女子と知り合えたので、いつも情報交換をしています。頑張っている女性たちが集まると、共通の話題もあってか、ワイワイ楽しむことができて。息抜きにもなるんですよね。どうしても農業って、視野が狭くなりがちなんですよ。でも色んな人と関わることで、視野が広がったりとか、新しいつながりが生まれましたね。

―ありがとうございます。今後の展開については、どのように考えていますか。

ある程度売り上げが伸びたタイミングで、週休2日制を導入したいです。プライベートの充実がなければ良い仕事はできないですし、ドロップファームの仕事は野菜を作ることだけでなく、販売や撮影、SNSの更新など何でもやらなければいけません。

商品開発などのクリエイティブな仕事も考えると、視野を広く持ってもらう方が会社としてのメリットがあると思います。だから休むときは休んでほしいし、旅行に行きたい人は行ってほしい。まだ今の規模だと週休2日制が難しいので、それを目指して頑張りたいです。

―長期的にやってみたいことがあったら教えてください。

やりたいことは山ほどあるのですが、自分一人でできることには限りがあるので、スタッフ一人ひとりの強みに合わせたビジネスを展開できればと思っています。

タイ出身のスタッフなら海外展開、料理好きなスタッフはフルーツトマトを使ったカフェ、接客が得意なスタッフにはインスタ映えする農村民泊をプロデュースしてもらうとか。スタッフの強みが引き出せれば、ビジネス展開はいくらでも考えられると思うんですよね。

―素敵です!

ゼロから一を生み出す人が一番強いと思っているんですよ。一次産業がベースにある会社として、今後のビジネスの広がりを考えることにはワクワクしかないですね(笑)。


 

「ワクワクしかない」と語る三浦さんの目は、未来を見据えていてキラキラと輝いていました。ドロップファームが実践するブランド化は、多くの農家さんにとって参考になる話だったと思います。直接お客様に届ける場を持つことや売り先に合わせたパッケージ作りは、すぐにでも自分たちに応用できる点でしょう。ぜひこの機会に挑戦してみてください。

 

 

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